デシャヴィの受難の日々より、すこしだけ前の話。

レインディ城

エレルダより西に少し進むと、山あいにレインディ城が見えてくる。あまり特徴のない小さな山城である。この城の地下牢にボルチャは居た。

ボルチャは窃盗の罪で捕らえられ、裁かれる為にディリムへと搬送中の身であった。食事は2日前に与えられたパン以外は、壁面からにじみ出て滴る地下水のみで飢えをしのいでいた。

滴り落ちる水滴を口で受けようと必死の形相でがんばっていたボルチャの耳に、こつこつと石畳を歩く音が聞こえてきた。

この地下牢にはボルチャしか収容されていない。今、石畳を歩く人物は、必ずボルチャに用がある、きっと飯だ、飯に違いない。ボルチャは地下水を飲むのをやめて、近づいてくる人物を待った。

フードを被った男が現れた。

男「お前がボルチャだな」

男は良く通る声で問いかけた。フードは頭に被ったままで、表情はうかがい知れない。

ボルチャ「・・・へえ、あっしがボルチャで間違いありませんが・・・」

ボルチャは用心深く男を見据えながらそう答えた。深くフードを被っていて、この男が誰なのか全くわからないが、ボルチャにはこの男と俺はまったく面識が無いであろう、という直感があった。どうも飯を運んできたわけでもないし、一体俺に何の用事があるのか。

男「よし、今からお前をここから出す」
ボルチャ「・・・ということは、もうディリムへ連れて行かれるってことですかね、出立前にせめてパンの一切れでもあるといいんですがねえ」
男「いや、お前の身柄は俺が引き受けることになった。もうディリムへ行く必要はなくなった」

そう言うと、男は看守に牢を開けさせて、ボルチャを外に出した。地下牢を出ると、太陽光にめまいを起こしてボルチャはふらふらとしたが、男はボルチャに休む暇を与えず、引きずるようにして城を後にした。

城門を出た先に、10名前後の男たちが待機していた。フードの男の部下のようだ。

男「よし、ディリム方面へ向かうように進み、頃合を見てキャンプを張る」

ボルチャは、あわただしい展開の中、良く分からないまま連れられていった。

ウシュクル近郊

フードの男一行は、ウシュクル村の近郊でキャンプを張った。ボルチャは食事を与えられ、生気を取り戻していた。

ボルチャ「そろそろ話してくれてもいいと思うんですがね」

ボルチャは、焚き火のむこうでゆらめくフードの男に言った。

ボルチャ「あんた一体、何者なんでさあ。あっしが見る限り、そこいらの田舎貴族どもにはまねできない雰囲気をもってらっしゃるし、あんたの部下たちも、異様だぜ、まるでデカい城の親衛隊みたいな感じがする、ただものじゃない。あんたら一体何者で、あっしに何の用事があるんで?」

たいした男だな、まるでお見通しか—男はボルチャの観察眼を評価した。

男「・・・俺たちは没落貴族の成れの果てだ。領地も宗主も失って、カルラディア中を彷徨っている。申し遅れたが、俺の名前はLと呼んでくれ」

Lと名乗った男は、被っていたフードをとり、ボルチャに素顔を見せた。

赤髪の男だ、顔だけを見るとノルド人のように見えるが、口調や佇まいが、ボルチャの見てきたノルド人とは全く違うものだった。

ボルチャ「Lさん、あっしを牢から出してくれた事は礼を言うぜ、あんたの目的は何かわからんが、出来るだけのことはしやす、こう見えても、あっしはなかなかに義理堅いんでね」
L「俺がお前を牢から出した理由はひとつ、エルレダの周辺にあるという、お前の所属する賊の集団に、俺たちを加えてほしいんだ」

ボルチャは危険な香りを感じ取った。こいつは怪しいぜ、スワディアは、このLという男を使って、俺たちのアジトをあばいて、一網打尽にでもしようと思っているのか?

ボルチャ「・・・・・Lさん、盗賊になる気なのかい?」
L「そうだな、だが、目的は盗賊になる事ではない。ボルチャ。お前の頭領に話があるんだ、ロルフという男に」
ボルチャ「・・・ロルフですかい」
L「そうだ、ロルフも俺と同じように没落した貴族だという話ではないか、今は甘んじて盗賊の真似事をしているに過ぎないと聞いた。彼に話があるんだ、俺の策に乗ってくれれば、ロルフをスワディアの貴族として旧領に復帰することが叶うかもしれない」

ボルチャは話を聞きながら、このLという男について考察をし続けていた。この野郎、なんか匂うな、ロルフの事をやたらと詳しいし、やはり俺たちを消そうと思っているのか?

ボルチャ「Lさんは、スワディアの貴族たちに、何かコネでもあるんですかい?」
L「いや、全く無いね。さっきまでお前が居たレインディ城の領主、プライス卿とは、お前のお陰で顔見知りとなれたがね」
ボルチャ「まったくコネも無く、どうやって、スワディアの領地をロルフに治めさせられるっていうんで?」

L「ボルチャ、お前は俺のことを疑っているのか?お前を解放してやった恩人だというのに」

ボルチャはいつの間にか鋭くなっていた自分の目つきをとっさに緩めた

ボルチャ「いやね、あまりにも話が急だし、うますぎるし。混乱してるんでさあ」

L「しかたがない、ロルフと話す前に、お前に俺の策を明かそう。エレルダ村に、隠居した貴族の屋敷があるのを知ってるか?あそこを襲撃してそのまま隠居貴族と入れ替わるんだ」

(つづく)

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